続 私が経営コンサルタントとして独立した理由

 

40代で最大の危機と対峙

 

厄年ってあるんですね。

プライベートでは42歳で離婚。

 

かわいい子供達との別れ。

その後東京本社に呼び戻され郷里に戻り、束の間の心の休息。

 

しかし翌年にはリーマンショックが起こり大リストラ。

私は会社に残りましたが、数多くの同僚が去っていきました。

会社に残った私も含め他の人も人材不足の中で

皆しばらくは混乱状態が続きました。

 

そんな中、私は政争の具として左遷され

工場勤務となり未経験の調達管理に配属となりました。

 

40代後半で未経験の仕事をするのを最初戸惑いました。

 

ただ、これも良い経験と考え一定期間のみ、

勉強のつもりと割り切り赴任しました。

結局、工場へ私を追いやった権力者は失脚し会社を去りました。

 

と同時に約2年間で東京に戻る事になりました。

 

実はその2年間があったからこそ私が経営コンサルタントとして

独立する考え方を芽生えさせたのです。

 

それは、取引している外注メーカーの突然の倒産でした。

 

トヨタへ納める部品の機関部を任せていたので、

量産準備期間中に毎週の様に足を運びました。

 

未だ設計図面しか無い状態から、

実際のラインが構築され製品が流れ出す所まで見届けましたので

 

その会社の社長やスタッフと同じ釜の飯を食った仲間の様な感じでした。

 

しかし無事量産化になり訪問する事も無くなった後、

突然倒産したのです。

 

倒産するとネットで情報が流れます。

 

管財人の書いた文面を読みましたが、

事象が書いてあるだけで本当の事はよくわかりません。

 

当然トヨタへの供給義務があるので、

会社が貸し付けた設備や治工具を引き上げるのを見て

虚しくなった覚えがあります。

 

あの人達はこれからどうなるのだろうか?

 

私の頭の中にはそれしかありませんでした。

 

大きな会社が倒産の危機にあると政府は公的資金とかを

注入するのに中小企業はただ消滅するだけ。

 

不公平感が頭をよぎりました。

 

でも1会社員の私には何も出来ません。

 

本当に何もできないのだろうか?

 

そうしている内に経営コンサルタントと言う仕事があると気が付きました。

 

ネットで検索していると、内閣府認証 非特定営利活動法人 日本経営士協会

の存在を知り電話をかけて近々に説明会があるとの事で足を運びました。

日本で一番古い歴史のある団体との事で入会をしました。

 

そこから約2年間、会社員の傍らコンサルタントとしてのノウハウ、スキルを

学び、いつの間にか「中小企業を元気にする」と言うスローガンを掲げ

ライフワークとして経営コンサルタントの道を選んだのです。

 

今回も読んで頂き感謝致します。

 

ご意見、ご感想おまちしております。

 

次回からはコンサルタントとしての気づきをご紹介します。

投稿者プロフィール

丸山 一樹
丸山 一樹
丸山未来経営研究所(経営革新等認定機関) 所長・非特定営利法人 日本経営士協会 首都圏支部役員 /大手自動車部品メーカーを経て独立。中小企業の社長に「ビジョン」の言語化と「キャッシュフロー経営」を用いて実現を後押しする。
社長の「社外NO2」の役割を新入社員の給料以下の報酬で意思決定に関わるキャッシュフローコーチⓇとして活動中。